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3/4(水)〜3/5(木)
いよいよマナウスへ出発する時がやってきました。とても3月初旬とは思われぬような穏やかな日の中11:00に栃木を出発しました。15:30成田到着。搭乗手続きを済ませ、予定通り19:00にヴァリグ・ブラジル航空で、マナウスヘと飛び立ちました。日本からマナウスまでの直行便はなく、行く過程は、成田−ロサンゼルス−サンパウロ−リオデジャネイロ−マナウスという経路になります。
4日、19:00に飛び立った飛行機は9時間20分をかけ日本時間で5日、4:20にサンゼルスに到着(現地時間 4日、11:20)。燃料補給等を終え、13:20サンパウロへ向けて飛び立ちました。ロサンゼルスからサンパウロまで、またまた10時間30分をかけ、現地時間の朝、サンパウロに到着。1時間後リオデジャネイロに飛び、朝、7:00にリオデジャネイロに到着。ここでブラジルヘの入国手続きを行いました。その際、マナウスのストック場用に持参した冷凍赤虫が税関を通せず、目の前で廃棄されてしまいました(マナウスには、冷凍赤虫は売っていない)。
その後、9:00発にてマナウスヘ飛び、4時間後の13:00に、最終地マナウスヘようやく到着。到着したのは3/5の13:00なのですが、日本とマナウスの時は13時間、飛行機に乗っていた時間は合計で24時間20分。待ち時間も入れると合計で29時間20分を要する長い長い道のりでした。
到着後、迎えの車に乗り、マナウスのストック場へ。
その後、現在の日本の情報、現地での情報などを話しながら、夜2:00ハンモクヘ。生まれて初めて寝るハンモックに不安を抱きながらも、旅の疲れから、すぐに眠りにつきました。
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3/6(金)
夜中の2:00に寝たばかりなのに時差ボケのためか、朝、6:00には目が覚めてしまいました。今日は15:15発の飛 行機に乗りテフェヘ飛ぶ予定です。午後までの時間を有効に使うために、午前中、ターキーアクアリウムヘ。ここはマナウスで一番大きなシッパーであり、日本へも多くの熱帯魚を輸出しています。
さっそく、ディスカスの入っているタタキ池を見て回りましたが、現在、在庫されているディスカスは、マディラ、プルス、ヤムンダ等のブルーディスカスとネグロ系のヘツケルがほとんどで、グリーンディスカスは、まったくといっていいほど在庫されていませんでした。ブルーディスカスも、ほとんどの個体は、コモン(現地ではノーマルタイプをこう呼ぶ)であり、ロイヤルタイプは、ほとんどい ない状態でした。
ターキーアクアリウムを1時間30分ほど見て回り、テフェに向かうために飛行場へ。マナウスからテフェヘ向かう飛行機は29人乗りのプロペラ機で、機体を見た瞬間「本当にこれで大丈夫なんだろうか?」と思ってしまいまた。15:15発の予定が1時間遅れの16:15にマナウスを出発。まっすぐテフェに向かえば1時間20分で行けるのにマナウスを出て、まずタパチンガヘ。そこからテフェヘと3時間20分を要して夜19:35に無事?到着しました。
ホテルヘチェックイン後、私たちのテフェの漁師宅へ招待され、またまた、夜、0:30まで何だかんだと話をし、ホテルヘ帰りつきベッドヘもぐり込んだのは2:00過ぎでした(漁師宅での夕食はカメ料理で、私にはどうしても食べることができませんでした)。
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3/7(土)晴れ
今日は、いよいよ漁師の所へ行き、グリーンディスカスを選別する日です。まずはテフェの港へ行き、今日1日の行動の足となるモーターボートをチャーターし、朝10:00にテフェを出発しました。40馬力のモーターボートで川を潮ること2時間、最初の漁師の家に到着。生簀の中に300〜400匹前後のディスカスが入っているということで、さっそく生簀に網を張り、魚の選別に入りました。網が上に持ち上げられるごとにディスカスたちが暴れ回り、中には思い切り跳るものもいます。
完全に水面近くまで上がってきた網の中を見ると、きれいなスポットをもつものがかなり含まれているのがひと目でわか ります。全体の魚の40%前後は、多かれ少なかれスポットをもった魚のようでした。さっそく網を使い、舟の中に作ったプールの中へ目についた魚をすくい、どんどん入れていきます。生簀の中に入っている網で2回ほどこの作業を繰り返し、プールの中に70匹ばどの魚が選別されました。
ここから二次選別の始まりです。プールの中に選別された魚を1匹1匹すくい、眼の大きさ、眼の赤さ、鱗の乱れ、ヒレの欠損等がないかをチェックしていきます。こうして二次選別が終わり、プールの中には、M〜Lサイズまで含めて22匹の魚が残りました。
その後もう1人の漁師を訪ね、同じ作業を繰り返し、最終的に31匹のディスカスを手許に残し、帰路に着きました。今回選別をして非常に強く感じたのは、鱗の乱れた個体が非常に多いということです。全部で100匹近くの二次選別を行なった のですが、その50%以上が鱗の乱れで残せないという結果でした。体形、スポットともに申し分のない個体でも、鱗が乱れていてはどうしようもないという結果で非常に残念でした。
鱗の乱れに関しては、テフェ周辺の川の汚染、またはビラニア等外敵による再生時の問題等、いろいろ考えられると思いますが、なぜこのように多くなってきたのか、今後とも注意探く見守っていかなければいけないと感じました。
しかし、テフェの陽射しは強い。モーターボートで往復4時間、選別時に2時間テフェで太陽の下にさらされ続けた身体は、顔から手足まで1日で真っ赤になってしまいました。
真っ赤になって帰ってきたその夜、漁師との会話の中に朗報がありました。その漁師のもっているラーゴ(湖)3カ所の漁業権を契約しないかという話でした。今までそこには誰にも魚を採らせてないし、ディスカスは間違いなくいるという話を信じ、契約することになりました。明日は契約したラーゴの1カ所を見に行こうということになり、漁師の家を後にしました。
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3/8(日)晴れ
今日も朝から素晴らしい天気です。昨日のこともあ るので今日はしっかりズボンをはき、なるべく日焼けしないようにして漁師の家へ向かいました。
漁師と共にまたモーターボートをチャーターし、今日は本流を50分ほど下り支流へと入っていきます。ところどころ、水草がからみ付き、その度に水草を取り除きながら40分はど進んだ時、急に視野が開け、目的のラーゴに到着。素晴らしい景色に一瞬見とれていると、ラーゴからまたひとつの支流へと入っていきます。その支流のいたるところに、カラワッスの木が生えており、この木の下にディスカスが好んで集まってくるというのです。「ここでならきっとディスカスが採れる!」という確信をもち、しばらくラーゴのあちこちを見ながら帰路へと着きました。
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3/9(月)スコール〜晴れ
朝、激しい雨が降り、雨の降り方も著さも半端ではないと感じながら1日が始まりました。
今日は、昨日見てきたラーゴを含め、3カ所の独占漁業権の正式な契約を交わすため、朝から役場へ行ったり、テフェのストック場に完備しておく酸素ボンベの契約をしたり、また、今回テフェに来た目的のひとつでもある、現在改修中である私たちの母船を見に行ったりと細々とした仕事をこなしました。終わったのは夜で、再びマナウスヘ向かうため、プロペラ機に揺られテフェを後にしました。
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3/10(日)晴れ
今日は午前中、久々にゆっくりと過ごし、せっかくマナウスまで来たのだからということで、マナウスのシッパーであるコリドラス・ロジャーとプレシーズを見学に行きました。
両シッバーを見る限り、ディスカスの占めるタタキ池が非常に多く、しかし訪問時にはグリーンのスポットタイプは在庫的に少なく感じられました(回転が速く在庫が少ないのか、採る量が少ないのかは定かではないが…)。
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3/11(水)晴れ
またまた良すぎる天気です。
いよいよ明日は帰国の日になってしまいました。今日は、マナウスの町へ行き、町の中を見学したり、市場を見学したりと最後になってやっとマナウスという町の雰囲気に触れることができました。最初に思っていたよりは車も多いし、結構、活気があるなと感じました。また、市場においては、日本の熱帯魚屋さんで泳いでいるような大型プレコ等が台の上に並んでおり、冷凍庫も何もないところにただ並べているだけなので、素晴らしい(?)臭いが充満しており、長くいる所ではないと早々に引きあげてしまいました。
その後、ボンタネグラというネグロ川本流が見られる所に行き、ネグロ川の川幅の大きさに感し、雨期には水深が25m近く上がるということを聞き、改めてアマゾン水系の大きさを思い知らされた1日でした。
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3/12(木)
帰国の日です。
また飛行機に乗り30時間近くかかるのかと思うと気が重くなってきますが、乗らないことには日本に帰れないと自分に言い聞かせ、機中の人となりました。機中では、テフェで焼けた肌が早くポロポロとむけ始め、痛痒く、足元にはむけた皮膚がポロポロ落ちているという状況の中、日本時間の3月14日13:00、予定通りに成田に到着。無事、今回の日程も終了しました。
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最後に・・・
今回11日間だけでしたが、今まで20年近く飼い続け、水槽の中で見ていたディスカスの生まれ故郷を訪ね、少しだけアマゾンというものを理解できたかなと感じています。
広大な土地、広大な川、そして緑豊かな大地、どれをとっても日本とは比べものにならず、何とも言えぬ感動を覚えました。
しかし、これだけの水量をもちながらも、前述のような鱗の乱れなどが水質汚染からきているものだとするなら、今後のアマゾン水系の生態系に必ずや異変が起こってくることを危惧せずにはいられない問題だと感じました。
どこまでも続く空、川、大地、どれをとっても素晴らしいこの国から、素晴らしいディスカスを少しでも多く輸入し、皆様のお手元へ届けられることを願いペンを置きたいと思います。
(雑誌「ピチャット」に掲載された文章より) |